最高裁判所第三小法廷 昭和47年(行ツ)37号 判決 1973年6月26日
福岡県久留米市西町花畑一〇一〇番地
上告人
江口勇
右訴訟代理人弁護士
江崎晴
福岡県久留米市諏訪野町四丁目二四〇一番地
被上告人
久留米税務署長
梅本鼎
右当事者間の福岡高等裁判所昭和四四年(行コ)第一九号所得税更正決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四七年一月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人江崎晴の上告理由第一点および補充書記載の上告理由について。
所論の点に関する原審の認定判断は、本件証拠関係に照らして、首肯しえないわけではない。原判決に所論の違法があるとは認められず、論旨はすべて採用できない。
同第二点について。
論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断を非難するにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高辻正己 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄)
(昭和四七年(行ツ)第三七号 上告人 江口勇)
上告代理人江崎晴の上告理由
第一点 原判決には次の事由があり、このことは判決に理由を附さなかつた場合に該当するから破棄を免がれない。仮りに然らずとすると判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背に該当するから破棄を免がれないものと思料する。
原審は、判決理由一、(1)において、当審における証人茅島幸雄の証言の結果真正に成立したと認められる甲第一〇号証によると、「同号証は本件山林を控訴人に売渡した訴外真鍋隼人が、その前所有者から本件山林等を買受けたときの仮売渡証書であつて、その売買代金は金一三五万円となつているが、その売買物件中には本件で争いになつている山林のほかに八女郡大渕村大字道の上八〇七番地の四の山林四畝一歩が含まれているので、右甲第一〇号証記載の山林の総面積と同号証記載の右八〇七番地の四山林四畝一歩との面積の割合から同山林部分の価額を算定すると約金二八万五、二四六円となる。したがつて前記甲第一〇号証記載の契約金一三五万円から右八〇七番地の四の価額相当分金二八万五、二四六円を差引くと、金一〇六万四、七五四円となるところ、これが訴外真鍋の右七〇八番地の四を除く本件山林部分の買受け価額とみることができ、これに当審における証人茅島幸雄の証言によつて認められるその仲介手数料金五万円を加えると金一一一万四、七五四円となるので、これを以つて訴外真鍋の本件山林の取得原価と推認することができる」と判示し、上告人の主張を排斥している。
しかしながら、
(1) 右判示「その売買物件中には本件で争いになつている山林のほかに、八女郡大渕村大字道の上八〇七番地の四山林四畝一歩が含まれているので右甲第一〇号証記載の山林の総面積と同号証記載の右八〇七番地の四山林四畝一歩との面積の割合から同山林部分の価額を算定すると、約金二八万五、二四六円となる。従つて前記甲第一〇号証記載の契約金一三五万円はこれを差引いた金一〇六万四七、五四円が訴外、真鍋の右七〇八番地の田を除く本件山林部分の買受け価額とみることができる」のように簡便直截な算術計算を以つて、右八〇七番地の四の山林部分の価格を算定し得るであろうか。等面積の山林においても、その位置、形状、その地上に成育する樹木の様類、樹令、数量の相違によつてその価格に格段の開きがあることは自明のところ、原審は単に面積のみによつて一〇筆中、一筆の山林の価格を算定しているのである。
しかし本件証拠によれば上告人は昭和三二年一二月五日右七〇八番の四の山林を売買により福島県にその所有権を移転しており(乙第二四号証)しかして県が右山林を取得したのは、ダム建設に必要だつたからで、場所的には山裾のようなところにあり、しかして樹木は一本位のもので草や石ころが多い採石場のようなところで、上告人は右山林を金四万円から六万円位で県に売却した事実が認められ(控訴人本人尋問の結果)右に反する証拠はないのである。それにもかかわらず、原審は右証拠を排斥し簡便な算術計算によつて右山林の評価を金二八円五、二四六円としたが、その理由は一体何処にあるのか全く示されていない。原審認定は将に切捨御免式のものとして承服し難いところである。
そこで原審の判断に納得できない上告人はやつと本理由書添付の書類を探し出したが、これは、右七〇八番地の四の山林に対する福岡県の買収関係書類であつて、これによつても明らかなとおり右山林の買収費は金八万六四〇円である。しかして右は昭和三〇年における買収であるから昭和二八年一〇月時点の評価としてはこれより更に下廻るはずであつて原審の認定するように金二八万五、二四六円には遠く及ばない。そうすると上告人が原審にむいて附加した主張は将に当を得たものということができる。
ところで行政訴訟は直接に公の行政に関係し、その結果が直接に国家又は公共団体一般の公益に関するので民事訴訟に比して実体的探求により多くの重点が置かるべきであることは論を俟たないところである。従つて行政訴訟においては職権主義の原則の意義を強調すべきであるから、原審も右七〇八番地の四の山林の評価につき職権による調査乃至証拠調べが可能であろうので、単に算術計算でなく更に正確な証拠資料を得られたものと考える。
以上の点を綜合すると原審が何らの理由もなく又その理由を示すことなく原審における上告人(原審控訴人)本人尋問の結果を排斥し単に算術計算を以つて右七〇八番地の四の山林評価をなし、その上で上告人が訴外真鍋隼人から買受けた山林の売買代金は金二四〇万円でその事実は甲第一〇号証によつても明らかであるとした上告人の主張を簡単に斥けたのは明らかに判決に理由を附せなかつた場合に該当するが仮りにそうでなかつたとしても審理不尽許乃至採証法則の違背があるものとして破棄を免かれないものである。
第二点 原判決には影響を及ぼすこと明なる法令の違背があり破棄を免かれないものと思料する。
一、上告人は第一審以来本件山林の取得価格は金二四〇万円であると主張し、全力を以つてこれが立証につとめてきたものであるが、(但し右金二四〇万円の売買の目的物の中には本件山林の外八女郡大渕村道の上八〇七番の四、山林四畝一歩を含んでいたものである。しかして甲第一号証売買確認書、乙第三号証保証書は右趣旨で作成されたことが明らかであり、本件の山林売買に関係した証人の証言、上告人の本人尋問の結果も右の趣旨である。)原審は上告人の右主張を排斥しその理由として「当裁判所も被控訴人に対し昭和三六年一〇月二三日付でなした原判決添付別紙第一、番号2記載の昭和三五年度分所得税の更正決定(但し福岡国税局長が昭和三八年三月二〇日にした同第一、番号4記載の決定により取消された部分を除く)中原判決が認定した税額を超える部分は違法であつて、控訴人の本訴請求は右違法部分の取消を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきものと判断するが、その理由はつぎに附加するほか原判決の理由説示と同一であるからこれをここに引用する」としているのである。
そうすると原審も第一審と同じく上告人の前記主張事実(取得価格が金二四〇万円であること)は成立に争いのない乙第二号証、第五号証、第一〇号証の一、二証人石井正俊、同木原尚郎の各証言に照らし措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はないとするのであるが、少くとも原審においては真正に成立した甲第一〇号証真鍋仁三郎の土地仮売渡証書の証拠調の結果によつて、乙第二号証(真鍋仁三郎の聴取書)、同第五号証(審査事件申達書であつて真鍋仁三郎の申立内容を記載したもの)の書証並に真鍋較三郎の右申立、聴取に関与した証人石井正俊、同木原尚郎証言は何れもその証拠価具が皆無となつたのである。そこで当然これらの書証、証言から甲第一号証(真鍋隼人作成の売買確認書)、第五号証(ノート写)、乙第三号証(池尻喜代太作成の保証書)の各記載、証人真鍋隼人、同真鍋仁三郎、同池尻喜代太、同茅島幸雄、同江口喜美子の各証言、原告、控訴人本人尋問の結果認められる上告人の主張は排斥し得なくなつたので、原審は卒直に上告人が昭和二八年一〇月二六日訴外真鍋隼人から前記山林を買受けた売買代金が金二四〇万円であることを認むべきであつたのに漫然原判決の理由説示と同一であるからこれをここに引用するとしたのは明らかに採証法則、経験則上拠証の価具判断を誤つた違法あるものとして原判決は破棄を免がれないのである。
よつて検討するに前記乙第二、五号証によると真鍋仁三郎は昭和三七年一月一九日福岡国税局員の調査に対し大渕村の所有山(真鍋隼人の所有名義)を上告人に金四〇万円から金七〇万円で売渡したのではないかと述べ、同三八年六月二八日の再調査では金八〇万円から金一〇〇万円の間であつたように思うと述べているが(これによつて第一審原審は上告人の主張を排斥した)甲第一〇号証によると、真鍋仁三郎は昭和二七年一〇月一八日大渕村の山林(上告人に売渡した物件と同じ)を代金一三五万円で買受けていることが明白であるから、右真鍋は右金額に相当のうわのせをした代金を以つて上告人に右山林を売渡していることは疑いのないところ、右のように国税局員には全くデタラメな申立をなしているのである。従つて右のようなデタラメな内容を持つ乙第二、五号証の各書証は勿論、右デタラメな内容を真実と思い込んだ証人石井正俊、同木原尚郎の証言は最早これを措信すべき合理的理由を失つたものであるから原審は、上告人の主張に副う前記各証拠を措信し、上告人の主張を認むべきであるのに漫然第一審判示理由を引用し上告人の主張を排斥したのは判決に影響を及ぼすこと明らかな採証法則乃至経験法則等法令の違背に該当し破棄を免かれないことは蓋し明白であるといわなければならない。
以上
(添付書類省略)
同昭和四七年四月七日付補充書
一、上告人は昭和二八年一〇月二六日八女郡大渕村大字道の上八〇七番地の四の山林を本件山林と共に買受け、しかして同三二年一二月五日右八〇七の四の山林の所有権を売買により福岡県に移転したことは、乙第二四号証により明らかで、既に上告理由書に述べたところである。ところで上告人が右八〇七の四の山林の売渡し価格が幾何であつたかにつき検討すると、原審において取り調べられた上告人の本人尋問の結果によればその価格は、金四万円から六万円であつて他になんらの証拠資料もない。そして時期に遅れたとはいえ其の後、実際の売渡し価格は金八万六四〇円であることが明確となつたものである。そこでもし、原審において右売渡し代金が金八万六四〇円であるとする事実が証明できていたとすれば、少なくとも昭和二八年一〇月時の取得価格はそれ以下とならざるを得ないところ、仮に右売渡価格をもつて、右山林の取得価格を見ると、契約金一三五万円から、右金八万六四〇円を差引き金一二六万九、三六〇円となり、これが訴外真鍋の右八〇七の四の山林を除く、本件山林の買受け価格となるのである。そこでこれに仲介手数料五万円を加えると、金一三一万九、三六〇円となるので、これをもつて訴外真鍋の本件山林の取得価格と確認することができるのである。
そうすると原審の「当裁判所が引用する原判定認定の如く、控訴人の本件山林の立木および床地部分の取得価格を計金一三五万七、九八四円としたとしても、前記訴外人はなお相当の利益を得ている計算になり当時朝鮮動乱により、木材価格が高騰の傾向にあつたとしても、訴外真鍋の買受けから売却までの時期が一年に満たない短期間であつたことを考える時右認定に控訴人主張の如き不合理はない。」との認定を導き出すことは、最早困難となり、かえつて前所有者真鍋の右取得原価に登記手続費用その他必要経費の支出を考慮すると上告人に金一三五万七、九四八円で譲渡するなど経験則上到底あり得ないことになるのである。
しかもなお前記の如く昭和二八年一〇月時の取得価格は金八万六四〇円を更に下廻る筈であり、昭和二七、八年頃は朝鮮動乱による木材価格の高騰期にあつたことを思えば訴外真鍋が自己の取得価格に相当の利益を加えて上告人に売渡していることは想像に固くないので結局原審の引用する第一審認定の本件山林の取得価格金はその根拠を失うこととならざるを得ないものである。
二、上告人は第一審裁判所が本件の困難な事実認定につき説得力あるしかも明確な判断を示されたことに敬意を表するものであるが、以上の理由により、原審が引用した第一審の認定、つまり本件山林の取得価格を金一三五万七、九四六円とする根拠は全く存在しないことになるところ、仮にそのことから本件山林等の買受代金を金二四〇万とする上告人の主張は直ちに認めがたいとするとき、他に合理的な結論を導き出すためには更に困難な事実認定の問題に直面することは明らかである。しかし、その困難さのために一納税者に過ぎない上告人の利益がなおざりにされ不当に侵害をされてはならないのである。英断を以つて原判決を破棄し更に公正な裁判を求める所以である。
以上